人気ブログランキング |
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

5日目②(スプリット)

トロギールから20分くらいバスに乗って南下し、世界遺産スプリットへ。

今回の旅行で私が楽しかった場所、第2位!!

ローマ時代の最後の頃、あまりにも巨大化した帝国は皇帝1人の手に負えなくなり、ディオクレティアヌスという皇帝は帝国を4分割して、二人の皇帝と二人の副帝に4分割して統治したそうです。彼はこのあたりの出身で、その隠居用の住まいとして建てたのが、スプリットにある宮殿。

うって変って中世。ゲルマン民族の大移動ならぬ、スラブ民族の大移動(?)で流れ着いたスラブ人たちが、主のいない宮殿に勝手に住みついた。しかも、宮殿はそのままで、宮殿の上に家を作って。

そんな面白い街がスプリット。
f0080102_2053491.jpg
宮殿を横からみた状態。塀の向こうに家があるように見えるけど、古代の上に中世の家が建ってる。
f0080102_20532038.jpg
宮殿の1階部分は浸水したため、中世の人は住んでいなかった。2階部分に住んで、瓦礫やごみを1階にじゃんじゃん落としていたので、1階はごみで埋もれ、それが幸いして古代の状態のまま残された。(といっても中身はなにもない)
f0080102_20533157.jpg
ここは2階の古代部分。屋根はないけど丸い壁で囲まれた場所で、声がよく響くのでスプリットのイルディーボ達がクロアチア民謡を歌ってくれた。
f0080102_20534633.jpg
今でこそ世界遺産に認定されるまではスラム街だったそう。高級住宅地になったのでどんどんきれいにしたいところだが、今度は簡単に修復できないようになっちゃったらしい(イマココ)。

真ん中の塔は、ディオクレティアヌスの霊廟として建てられたものを、中世の人が大聖堂にかえちゃったの。ディオクレティアヌスはキリスト教を迫害した張本人なのに、皮肉なもんですな。
f0080102_2054541.jpg
画面上半分は中世の部分で、ぽっかり空いてるところは古代の宮殿の1階部分。なんか、、、、、ラピュタみたいじゃない?
f0080102_20542287.jpg
モザイクが残ってる。ここもきれいに修復すれば、もっとあざやかなのが出てきそう。

北の門からでたところにグルグールの像という巨大な銅像があって、足の親指をなでると願い事が叶うそうな。どんだけ願掛けツアーなんだ、私たち。

自由時間になってとりあえず大聖堂近くの公衆トイレ(有料)に。なんと!今回の旅行でいっちばんキレイなトイレ(ホテルのトイレ並み)。トイレおばさんと呼ぶのが憚られるようなきっちりした受付の人にお金を払ったら領収書までくれました。

その後、3分だけ覘いてみたいと、クロアタというネクタイ屋さんへ。高い!オフシーズンのせいか、高いせいかお客さんは私たちだけ。ネクタイ発祥の地なのに、スカーフばかり見ているしげちゃん・・・・・。なんか長そうなので、外にいるねと先に出るとすぐに追っかけてきた。しげちゃんのお買いもの好きにはまいるねー。
f0080102_22103713.jpg
大聖堂の塔に登ってみた。金属のすけすけの階段で、高所恐怖症の人にはけっこう怖いらしく、降りてくる人何人かが「怖いですよ!」と言ってた。何とかと煙は高いとこが好きで、私はぜんぜん平気~。
f0080102_20543595.jpg
す~て~きぃ~~~。上ってきて良かった~。ところでクロアチアの屋根は全部この明るい茶色なんですが、その理由が「この色の瓦しかないから」だって。そりゃそうでしょーけど、なんちゅうシンプルな。
f0080102_20545344.jpg
東の門から出て、青空市場に。ここにも特別かわったものはなかったけど、ペットボトルに緑色の液体が詰まってるのが気になった。伊衛門じゃないし、青汁じゃないとなると、、、、、手作りオリーブオイルかしらん?

私はこの不思議な街が大好きになって、ぐるぐるまわりたかったんだけど、しげちゃんがチョコレート屋さんに行くというので少しだけバラバラ行動。私はいきおいつけて、だだっと歩きだしたんだけど、はっ、これはもしやスケッチしたほうがいいのでは?と思い、その場でハガキサイズの紙にスケッチ、、、。でも自由時間は残り10分もなくてあえなく撃沈(;;)。道は遠いなぁ。
f0080102_2055619.jpg
お昼ご飯は「クロアチア風ブイヤベース」。ブイヤベースかどうかはわからないけど、ぷりぷりして美味しかった。カサゴだって。

合い席は名古屋の声でかおじさん(真打ち登場!)。なんか年に4回も海外旅行してるらしい・・・・。お金持ちなのねー。人は見た目ではわかりませんな。もうひと組は名古屋の女性二人組。髪型があまりにも違うので予想だにしなかったけど姉妹でした。ということで今回のツアーに姉妹は二組。(ここ大事!試験に出ますよ)

昼食後は今回の旅のメインイベント!ドブロヴニクに移動だー!

移動中は添乗員さんのお勉強コーナーですよ~。

ゲルマン民族の大移動ほど有名じゃないけど、スラブ民族の大移動があったのは、さっきも書きましたがー、なんでスラブ民族の大移動は知られていないかというと、作った国がどれも小国で、しかも常にどこかの大国に支配されることが多かったから。オーストリア(オーストリア=ハンガリー帝国)、オスマントルコやベネチア。

そんな中、ナポレオンにやられちゃうまでずーっと、共和国として独立性を保ち続けていたのが、ドブログニク。あのベネチアよりもさらに栄えてたんだって。どうしてドブログニクが大国に支配されなかったかというと、先見の明があったから。現在、一番力を持っている大国だけではなくて、次にどこが力を持つかを常に先読みして、その大国にお金(年貢?)を払うことで保護してもらうというシステムを取っていたからだって。いやぁ、今も昔も見る目が大事!

スプリットからドブログニクまではずっと海岸線なので右側の席を陣取った私たち。ふっふっふ。途中から雨が降ってきちゃったけど、素敵な海岸線を堪能いたしました。

ところで、世界地図を見ていただくとわかるのですが、スプリットからドブログニクに向かう途中、おかしなかんじでボスニア・ヘルツェゴビナがとびだしている場所があります。これは、大国がこの辺りの土地を勝手に陣取り合戦していた頃の名残だそうです。

ということで、私たちのバスも一旦ボスニア寮へ。といっても高速道路の料金所のようなところを通りぬけるだけ。なんだかなぁ~。んが!ボスニアが物価が安いということで、ボスニアのスーパーに寄ることに。職場のお土産用にクロアチアで有名なクラシュ社のバヤデラというチョコを二人でいっぱい買いました。

またクロアチアに戻り、雨がざんざん降る中、ドブログニクに到着。明日は一番楽しみにしていた日なのにぃ。(;^;)エグッ、エグッ。
f0080102_20552268.jpg
ホテル「コンパス」。ここに2泊します。
f0080102_20553723.jpg
食事ついてなかったの。出かけるの面倒だし、日本から持ってきた食料をまた持って帰るのもイヤなので、非常食食べちゃった。どうせ旧市街まで遠いしね。・・・・・・・遠い近いは関係ないことを、明日知るのだった・・・・・(続く)
by camitiyo | 2013-01-15 20:00 | クロアチア