カテゴリ:クロアチア( 15 )

9日目(ザルツブルク)

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オーストリアに戻ってきたら、ソーセージがおいしぃねぇ。朝からケーキも食べてみた。へへ。
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グラーツからザルツブルクまで282kmあるけど、ずっと高速道路なのですいすい。
途中のドライブインからのアルプスです。この青空、ドブロヴニクで欲しかった。(しつこい)

昼前にはザルツブルクに到着。

雪のミラベル宮殿を抜けて、カラヤンの家の横を抜けて、旧市街へと渡る橋。
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この寒い中、大道芸人いました。皮膚呼吸大丈夫~?
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ザルツブルクのアーケードの看板は一つ一つおされです。
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これなんてZARAだもんね。
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ぽっこり飛び出た彫刻
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大量のかわいい卵
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自由時間が少なくて上まで上がれなかったけど、ホーエンザルツブルク城。
手前の金の球はなんなんだ・・・・。上に立ってるのは人ではありません。
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大聖堂
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大聖堂の扉。ちょっと衝撃的。
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大聖堂の中のレリーフ。
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お昼ご飯は屋台ですますことに。まずは、チキン&ビール(4.57€)。これは劇的に美味しかったです。あと2,3本食べたかった。
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ソーセージ(パン付き)×2種類+ビール(8.7€)。
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スープ(パン付き)(3.5€)

どれも全部美味しかった!ビバ屋台!

自由行動が終わって集合したら、他の皆さんは、サンドイッチ屋さんでまったりしたりしてたみたい。食べるときだけアグレッシブに動き回る私たちだねぇ。
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あちこちで見かけたコンビニSPARですが、しげちゃんは「九州発祥だ」と言ってゆずりませんでしたので、Wifiがつながるタイミングで調べたらオランダだった。そりゃそうだろうよ、しげちゃん。

それはそうと10年前のザルツブルク旅行の様子はこちらです。
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by camitiyo | 2013-01-19 12:00 | クロアチア
ホテルの地下に併設しているスーパーを覗いてみました。スーパー大好き~。
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朝ごはん。ヨーグルトの1人分がでっかい。
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結構、雪降っちゃった・・・。

私はドブロヴニクがメインなので、そんなでもないんだけど、しげちゃんを始め男性陣が楽しみにしているプリトビッツェ国立公園は、きれいな滝と池で有名な場所。この雪じゃ、観光できない可能性大だけど、一応行ってみる。
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本当は2時間半くらいここで散策するはずだったけど、やっぱり大雪で入れないので、ビデオ観賞した後、一番近くの大きい滝まで行く。華厳の滝・・・・?

この後、もう一つ奥の滝まで行きたい人は行きましょうということだったけど、若い割にへなちょこの私たちはUターン。だって除雪してないんだもーん。てへ。
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カフェに戻ってお茶~。クロアチアではカーヴァ(コーヒー)というとエスプレッソが出てきます。7kn(100円)。私はヴィエラカーヴァ(カフェオレ)を飲みたかったけど、ケチンボしげちゃんが、「10kn(170円)もするよ。普通のでいいじゃん」と普通の二されました。ブヒー。

大雪でまわれなかったけど、みんな前日からそんな気がしてたし、天候については誰のせいでもないし、何よりツアーも後半で疲れていたので、ぜんぜん平気な雰囲気。話し込んだり写真撮ったり、雪だるま作ったり、勝手に遊んでます。そんな私たちを見て、ガイドさんが、こんな天候で何も見れなかったのにポジティブで素晴らしいと。確かに、今回のツアーは、全員旅慣れてる人達ばかりで、まあ安心感はありましたわね~。

お腹はすいてないけど、ランチのレストランに移動。

途中、バスのチェーンがたるんで、ガチャガチャと変な音がし始めた。名古屋の声でかおじさんが、「チェーンがたるんどる!直さないと!」と言っていたが運転手さんは問題ないと無視して走る。(この日は、声でかおじさんのすぐ前に座ってたので、何度もびっくりさせられたよ)。そのうち、ガコッ、ガコッという大きな音に。「添乗員さぁぁん、停めてぇぇぇ~っ!バス、停めてぇぇぇ~!」(オウムの横山弁護士風)。さすがに、運転手さんもこの音はやばいと思ったらしく、バスを停めてチェック。声でかおじさんも、すわ出番だとばかりバスを降りる。そして戻ってきて「何かヒモない~?チェーンをとめるヒモない~?」。誰かがこれしかないけどと靴ひものようなものを渡す。「よしこれでとめよう」。えぇぇぇ、靴ひもで~?と思ったが、運転手さんがもうなおったと戻ってきた。はぁ~良かった。靴ひもはちょっとねぇ。
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ランチはお魚。これ結構美味しかった。
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今日はもうグラーツ(オーストリア)に移動するだけ。途中で、小さいけど滝があるよと止まってくれました。近くなら見るよ~。

バスは高速道路に入り、ザグレブ(通っただけ)を抜け、オーストリアアルプスを抜け、グラーツへ。クロアチアは暖かいので高速道路が弱かったけど、オーストリアはもともと雪深いからなんか安心感があるね。

途中スロヴェニア(ユーロ)に入るときに、入国審査がありました。といっても、並んでスタンプ押してもらうだけ。ハイシーズンだと、ここを通るのに時間がかかることもあるそうです。オフシーズンでよかったことその2ですな。
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19時すぎにグラーツに到着。晩御飯のスープに、クレープを短冊切りにしたものが浮いていました。オーストリアの名物だそうです。
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メインはチキン。この旅で一番しゃれたレストラン&料理でしたね。都会感ありました。

そして、飲み物は、旅行会社かバス会社持ちで御馳走してくれました。天候のせいだから仕方ないのにねぇ、悪いねぇ。ごちでーす。
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ホテルも都会っぽい。ホテルについてすぐ、翌日の飛行機の座席指定をするために、ロビーのPCにかじりつく私たち。しげちゃんは何がなんでも座席指定したいタイプなのニダー。飛行機にやたらと詳しいカップルの彼氏に教えてもらって何とか取れました(^^)b

この後、若い人を中心に飲み会をしたんですが、しげちゃんだけ参加で私は不参加。ふふふふ、年寄りの夜は早いのだよ。でもすごく楽しくて、1時過ぎまで飲んでたらしい。ワシも行けば良かったのぉ~。
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by camitiyo | 2013-01-18 18:00 | クロアチア

7日目(モスタル)

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洋食の朝ごはん、飽きて来ちゃったな~

今日は、ボスニア・ヘルツェゴビナに行きます。ボスニア・ヘルツェゴビナですよ!
ボスニア・ヘルツェゴビナといえば、コソボと並んで最も紛争のひどかったイメージのある国ですよね。ところで、今回、私たちが申し込んだこのツアーの他に、もう一つ検討していたツアーがあって、本当はそっちに行きたかったんだけど、直前まで人数が集まらず断念しました。そのツアーにはミュンヘンとザルツブルク観光が入っていないかわりにサラエボとベオグラードが入ってました。全日空でいくこちらのツアーのほうが人気があるのはわかりますが、私としては、個人で行きにくい(だろう)サラエボとベオグラードにも行ってみたかったんですけどねぇ。

今日も添乗員さんが資料をくれました。旧ユーゴ時代の地図。そして、同じスラブ民族同士がどうしてあのような悲惨な紛争をおこしたかを説明してくれたんだけど、同じようにちゃんと説明できないな~。でも忘れちゃうから一応さっくりとやってみよう。

そもそも、旧ユーゴの国の人たちは、人種も同じならしゃべる言葉もほとんど一緒。東京と大阪の違いほどもない。

第一次世界大戦が終了後、それまでオーストリア・ハンガリー帝国に支配されていたスラブ人達が自分たちスラブ人の国を作ろうとユーゴスラビア王国(スラブ人の国)を作った。

しかし一番人数の多いセルビア人中心の国政だったため、他の民族に不満がたまる。

第二次世界大戦がはじまり、ヒットラーはユーゴ国内の仲が悪いのにつけこんで、クロアチア主導の政権を約束しクロアチアを支援し、ナチスの傀儡政権を作る。その際、ナチスがユダヤ人にしたのと同じことをクロアチアでやった。つまり、セルビア人を強制収容所に集めて大虐殺をした。そしてそれを同じ民族のクロアチア人にやらせた。

ナチスに反抗する「チェトニック」というグループができたが、セルビア人中心だったため、ナチスだけでなくクロアチア人をも標的にしていた。それとは別の組織「パルチザン」という組織は、いろいろな民族を合わせたグループで、パルチザンはユーゴの解放に成功した。

パルチザンのリーダーだったチトーが大統領となりユーゴスラビア連邦を作った。このチトーが治めていた間だけが唯一ユーゴスラビア連邦といえる時期。(そして平和な時期)

チトーがいなくなり、ソ連や東西ドイツが崩壊すると、それぞれの国の格差から不満が噴出。一番最初のスロベニアはその経済力と軍事力であっさりと独立を勝ち取るも、それ以外の国は全部もめもめ。

添乗員さんがくれた地図と同じのなかったから似たようなのググった↓
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凡例がないけど、見るからにスロベニアには一つの民族(スロベニア人)しか住んでいないというのも、独立がうまくいった大きな理由の一つ。

そしてボスニア・ヘルツェゴビナのカラフルさは、いかにも多様な民族が入り混じっているということですよね。でも平和なときは、宗教が違っても別に仲良く暮らしてたはずなのに、とたんに自分はOO民族だと言い出すところが、99%単一民族のわれわれとしてはなかなか理解が難しいです。

と言ってる間にバスはボスニア・ヘルツェゴビナへ。国境ではパスポートチェックがあるということで、停止するも、バスに乗り込んできた国境警備員が「全員日本人?んじゃ行っていいよ。」で終了。なんじゃそら~!?日本のパスポートが高く売れるわけわかるよね~。
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ボスニアに入ってほとんどずっと田舎道だったけど、初めての町がモスタル。大きい道路沿いの建物が銃弾でぼこぼこ。バスを降りて旧市街に向かう途中の建物も紛争の痕が残っているが、中にはわざと残してあるものもあるそう。
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観光前に昼食。ここモスタルはトルコに長く支配されていたため、トルコ色が強いそうで、この料理の名前もチェバブチチ。(シシケバブに
名前が酷似)。右側のパンのようなものに、挟んで食べるもよし、そのまま食べるもよし。

ここで店内に飾ってあったカレンダーを見つけた添乗員さんが店員さんに持ってきてもらいました。なんとチトー大統領のカレンダー。チトー大統領はいまでもヒーローで、トルコのアタチュルクくらいの人気を誇ってるそうです。

今日は雨が降っているのに、しげちゃんが傘をスーツケースに入れてしまったので、私が100均のレインコートを着る羽目に・・・・。結果、カメラをしげちゃんに預けたものの、ぜんぜんちゃんと撮ってくれなかったので、以下は私のiPhoneちゃんの画像でお楽しみください。(いやマジで着膨れした私の意味ない写真ばっかなんスよ・・・)
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世界遺産の石橋。モスタルは「橋の番人」という意味。
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橋から見た風景。美しい。

紛争の時、この石橋は破壊された。橋の麓の建物で、紛争中の様子、まさに橋が落ちるその瞬間の映像を見ることができる。それはもう衝撃的だった・・・。まったくもって無知な私は、石橋のような固い建造物を破壊するなら、上からミサイルを落とすか、バズーカ砲みたいなので砲撃するというイメージだったけど、映画とかで見るレーザーの赤い光があたったとは思ったら石橋が崩れていったんですよ。もの寂しい音楽に合わせて流れる本当の戦争の様子は、衝撃的といわずしてなんでしょうか。
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紛争の当事者たちはみんな、後悔してるそうで、数か所でこの石碑をみつけました。

ボスニア紛争が終わってそんなに立ってないので、ガイドさんの中には自分が参加した人もいたそうです。添乗員さんが前に会ったガイドさんは、その当時は家族を守るために戦わなければいけないと思って銃をとったけど、今はなぜ逃げなかったのか後悔しているということでした。

当時はマスコミが流す相手方が攻撃するという情報に踊らされて、それぞれが自分を守るために戦ったそうです。それまで隣人として仲良くしてきた人たちとも、違う民族というだけで殺し合い・・・。
ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のオシム監督のマスコミ嫌いは、これが原因だそうです。

この後、再びクロアチアに入り、一路コレニツァへ北上。添乗員さんが延々とオシム語録を読み上げてる間に寝ちゃいました。この旅、人が変わったようなしげちゃんが、何と!4冊目の池井戸潤に突入。いったい全体どうしちゃったんでしょうねぇ。新生しげちゃん!
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途中、高速道路に入ろうとしたところで、強風のために入れず。3日前は雪で今日は強風・・・。クロアチアの高速道路、弱いなぁ・・・・。インター近くのドライブインでトイレ休憩。。。。。のはずが、何時にバスが出られるかわからないという話。なぁ~にぃ~、ここに泊まり~?仕方ないので、皆でビール飲んだり、持ってたお菓子食べたりしてくつろいでたら、30分くらいで出られるよ~という話に。いやぁ、野宿かと思ったね。
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9時半過ぎにホテル「マコーラ」に到着。晩御飯はポークソテー。
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デザートにサーターアンダギーのようなものが出てきたけど、この時間にこれは食べられないよぅ。ごめんね。
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ピーターラビット(本物)。なかなか強烈な剥製がいくつもあるホテルでした。
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何故かまたしても3ベッドルーム。私の下調べではイマイチかな~と思ってたけど、Wifiも繋がってたし、床が木製で意外と快適なホテルでした。

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ランチのワイン 40kn (680円)
スナック菓子 11kn (187円)
ビール&ジュース 24kn (408円)

ほとんどお金使わなかったね。
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by camitiyo | 2013-01-17 18:00 | クロアチア
暴風雨の城壁ウォークから生還し、ランチの場所探し。
調べてきたレストランをまわるも全部閉まってる!
えぇぇぇ~、ガイドブックでも口コミサイトでも、そんなこと書いてなかったのに・・・。

仕方ないので、解散前にガイドさんがここ開いてますと教えてくれたレストラン「ラグーサ2」へ。

ここも一応ガイドブックには載っていたけど、ちょっと口コミがイマイチだったんだよねぇ。でも背に腹は代えられぬ。入口に客引きの人までいるよぅ。
入ったら、同じツアーのお仲間がぎっしり。ナニコレ~、貸切り?
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日本語メニューも置いてあり、お仲間の人たちもすでに食べてたので、それを参考にして、シーフードの盛り合わせとシーフードリゾットを注文。寒いのでワインも頼んで、しめて300kn(≒5,100円)。まあ普通に美味しかったけど~、独占市場感がねぇ。。。

ずぶぬれの靴下は乾かないけど、観光にでかけますかね。
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フランシスコ会修道院の中にある、クロアチア最古の薬局。添乗員さんお薦めのしわ(リンクル)に効くクリームを購入。本当は「たるみ」に聞くのが欲しかったんだけど、英語がわかんなくて。(saggingでした)

プラツァ通り沿いでお土産を探すも、びっくりするくらい店が開いてない・・・・。少しだけ開いてる店をハシゴする。結局、買ったのは絵葉書だけ。

オフシーズンでいい事と言えば、人が少なくて待ち時間が少ないということだけだな。それにしてもオフシーズンとハイシーズンでここまで差が激しいとは。いつかいい季節にもう一度来たいなぁぁぁぁ。
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しげちゃんが、クロアタに行きたいというので覘いてみる。ドアの取っ手がネクタイだよ。しげちゃんは買い物長いから嫌なんだよな~。ちょこっと置き去りにしよう。
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「さっきの雨すごかったにゃー」「ほんとだポ」
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クロアタのかわいい店員さんに場所を教えてもらって、切手を買いに郵便局へ。かわいい。

しげちゃんが、買い物終わったので街を移動~。
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グンドゥルチ広場。雨が降ってなかった時にはここで青空市があったのにな~(涙)。

ドブロヴニクで有名なものとして「トブロヴニクのボタン」というアクセサリーがあるんだけど、ぜんぜん店がない~と思っていたら、クロアタから郵便局に往復する間に見つけた!

なんかすごく高そうだったけど、せっかくなので旅行の記念に一つ買ってみました。

店も開いてないし、カフェもあまりないし、やることないのでもうホテルに戻る~?ということに。さっきレストランで同じツアーの人たちが、もしバスで帰るなら4時にバス停に集合して一緒に帰ろうと言っていたのを思い出し、バス停に。
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チケットはキヨスクで1人12kn(≒200円)
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ちょうどいい時間にバスが。その名もリベルタス。さすが自由を重んじる街!

入口でチケットを機械に通して乗る。先に乗った人が「コンパスホテル」で降りるというようなことを運転手さんに行ったっぽい。7人で乗りこむと安心だね~。
なんとなく近付いてきたところで、念押しで運転手さんに「コンパスホテルに行きたい」と言うとあと2つ先だと教えてくれて無事降りれた~。

バス停近くのスーパーに寄る。面倒なので、もうお惣菜かサンドイッチで済ませようと思ったけど、心ひかれるようなの無いので断念。
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ホテルに一旦戻って、ツアーのお仲間に教えてもらった「Scala」というピザ屋さんへ。このピザ38kn(≒650円)。ドブロヴニクはクロアチアの中では物価が高いほうだけど、それでもこんな感じですよ。しかもピザ美味しい~。

来るときは雨降ってなかったけど、食べている間に雷が。はぁ~、怖いにょ~。


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城壁 90kn×2 (3,060円)
ランチ 300kn (5,100円)
バス 12kn×2 (408円)
晩御飯 48kn (816円)
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by camitiyo | 2013-01-16 18:00 | クロアチア
今回の旅行で一番楽しみにしていたこと。
それがドブロヴニクの城壁ウォーク。

解散後とりあえず港の近くの有料の公衆トイレに行く。これが新しくてキレイなんだけど、アラブ式。(和式ともいう)。アジア人にはいいけど、ここ一応ヨーロッパだよね?ヨーロッパ人やアメリカ人にはきっついんでないの、このトイレ?

城壁ウォークは1人90kn(≒1,500円)。
ドミニコ会修道院の横から城壁に上がり、さあ歩こうというところで雨が!(;;)(;;)(;;)
いや、私は負けない!傘持ってるもん!と折り畳み傘をさしてずんずんと歩きだしたものの、しげちゃんが全然来ない。見たら「この雨すぐやむからぁー、雨宿りしてから行くよぉー」(もう距離が離れてる)と言っている。
んにゃ、ワシは行く!とワシワシ登って行ったもんの、風が強い!雨宿りする場所はないけど、なんとなく壁がありそうなところで、ちょこっと待機してたら5分くらいで止みました。ふぅ~。

同じツアーの女の子がむちゃむちゃ可愛いカップルとしげちゃんが上がってきました。(この後、このカップルと前後しつつ写真の撮りあいっこしながら進む)
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あぁぁぁ美しい(涙)。来て良かった。(雨止んで良かった)
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山側の城壁から真下を見ると、どこも同じような階段。住んでる人は大変だろうけど、本当に絵になる。
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城壁の中で一番高い場所からの景色。
向こうに見えるロクルム島は無人島で、ハイシーズンにはヌーディズトビーチがあるらしいですよ。ドブロヴニクから観光船が出て、そのビーチの近くを通ると、なかなかの年齢のおばさまたちが手をふってくるそうな・・・。ちょっとキツそうだ。

中世、まだここがラグーサ共和国だったころ、ヨーロッパでペストが大流行し、交易地だったここにペストを持ち込まないために、ロクルム島に40日間滞在してからでないと入れなかったそうです。ちなみに英語で検疫はquarantine(クアランティーン)ですが、それはラテン語のクアランタ(40日間)からきたそうです。ね、うちの添乗員さん、超物知りでしょ~?
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海側の方に向かって下ります。
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キキいたー!「魔女の宅急便」の舞台はここじゃないけど、「紅の豚」の舞台はここだそうです。宮崎駿の中ではあまり好きじゃない「紅の豚」だけど、日本に戻ったら見なおしてみようかしらん。
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フランシスコ会修道院を上から。
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上から見たプラッツァ通り。人が少ないね~。
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ロヴリイェナツ要塞。昔テレビ番組で見た記憶が正しければ、そこに「いかなる黄金を持ってしても自由を受け渡してはならない」という文言が書いてあるはず。素晴らしい!
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一見すべて元通りの町並みのようですが、まだ復旧されていないところもありました。

海側に来て半分くらい行ったところで、突然の豪雨!傘で何とかなる量ではない雨と風。そして雷!大人になってここまで怖い雷は初めてだ。すごい近いところに落ちてる!!

近くにいたカップルと一緒に、見張り小屋みたいなところに駆け込み、4人でブルブル震えてました。(正確には男性二人がブルブル震えてました、あははは)

一旦小ぶりになって移動したものの、またもや雷雨!別の見張り小屋に入ってブルブル。すごく長く感じたけど、たぶん合わせて20分くらい避難してたと思います。

その間、しげちゃんがカップルに突撃インタビューするする。いやぁ、すごいね。営業マンって人種はねー。
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命を救ってくれた見張り小屋はこちら。
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ふー、なんとか1周して港まで戻ってきました。あー、後半、死ぬかと思った。
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by camitiyo | 2013-01-16 12:00 | クロアチア
目が覚めたら雨の音がした。
あ~、やっぱり雨か、と外を見たら波の音だった。
降ってない!やった!
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本日の朝ごはん~。ドイツから離れてソーセージ率が下がってきたね。相変わらず野菜はありません。
おっ、観光地だけあって、緑茶のティーバッグあるぞ、と思って飲んでみたらほうじ茶だった。うん、そこはねまあいいんですけどね。(細かい日本人)

お隣は練馬からのご夫婦。
ご主人のシェークスピアサークルのお仲間が私にそっくりとかで、練馬にご姉妹はいませんか?と聞かれた。姉妹も従姉弟もいませんと言ったら、あまりにも似てるので写真を撮らせて欲しいと。

そーですか、世界に3人いるといるそっくりさん、練馬にいましたか。

いつものように8時の出発時間の前には全員バスに集合ですよ。しかしバスは出発しない・・・・。どうやら今日の現地ガイドさんが渋滞に巻き込まれて来ないらしい。
じりじりと待つ団体・・・・20分待ったところで、名古屋の声でかおじさんが、「もう行こうよ」と言って、ガイドさんは置いて行くことに。ナイスだぞ、声でかおじさん、いい事言った!この旅で初めて(そして最後の)いい事いったよ!

今日の午後はオプショナルツアーの日で、参加しない人たちはホテルまでバスかタクシーで帰って来なくちゃいけないので、バスの中からしっかりと外の景色を観察する私。しげちゃんは、はなっからタクシーで帰ってくるつもりだけど、一応ね。

と、そこで、誰かの携帯電話がなる。「はい、、はい、、えぇ、、マネージャーさんにちゃんと渡しましたよ」。そうですか、マネージャーさんに渡しましたか。バスの中なので、全員が聞いている。クロアチアでこの電話の内容、ちょっとシュール。。。

10分くらいバスに乗ると旧市街が見えてきた。NHKの世界街歩きで見た要塞も見えてきた。旧市街の東側でUターンして北の入り口へ。停まったところでガイドさんが乗りこんできた。
添乗員さんとあれこれ話した結果、ガイドさんが渋滞に巻き込まれた方角も通れるようになったので、当初の予定通り、ビュースポットに向かうことに。(見えないけど、どうやらガイドさんがイケメンらしい)

またバスで10分くらい南へ移動し、ビュースポットへ。
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きゃ~、これこれ~!素敵~!
ここで皆、年賀状用(決まりでしょ~)の写真を撮る。

ところで私は、自分が旅行中ずっとカメラを持ってる(ビデオはしげちゃんが持ってる)のと、写真に写るのがあまり好きじゃない(写真には真実の姿が写るからね)ので、普段からあまり写真に写っていなくて年賀状の時に自分の写真が無いんですね~。(我が家の年賀状を受け取る方は、なぜしげちゃんの写真の割合が多いのか疑問に思ってました?)。なので、このドブロヴニクの写真は、きっと、きっと来年の年賀状になりますからね~。よろしく~。
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旧市街に戻ってピレ門から中へ。

この城壁(ドブロヴニクにはお城はないので正確には城壁ではないけど)が近くでみると意外とがっしりしていて分厚い。軍備もないこんな小さな街が独立を保つための城壁だったんだねぇ。日本もなんとかドブロヴニク方式でやっていけないもんだろか。

街に入ってすぐのところに、ドブロヴニクが内戦でどれだけの被害にあったかという地図があった。被弾した屋根、被弾した道路に印がつけてあるんだけど、見た感じほとんど全部に何かの印がついていた。クロアチアが独立するといったとき、すでに世界遺産になっていたこの街を集中的に攻撃したそうな。

旧ユーゴの内戦の時私は十分に大人で、テレビで毎日のようにやっていたはずなのに、結局何も知らないんだなぁ。あの頃、ソ連の崩壊とか、ベルリンの壁の崩壊とか、次々といろんな出来事が起こったせいもあるけど、最終的には遠い国で知らない人たちが殺し合いしてることに興味がなかったんだろうな・・・・反省。
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平和なドブロヴニクと平和な猫。
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街の中心を通るプラッツアァ通り。ここは水路だったところを埋め立てたので、街で一番低くて平らな場所。
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フランシスコ会修道院。
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プラッツァ通りにあるお店の入口は、どろぼう避けのためにこんな変わった形。
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通りの曲がるとどこも坂道。
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風神(ほんもの)。

スポンザ宮殿(という名前の元公共施設)に入って見ている時に、ツアーのお仲間の1人が「あの白い帽子の人・・・・」と指さしたひと、あれは、スプリットでみかけたジプシーの二人組??まさか??と見ていたら、その人はさっと白い帽子を脱いで黒い帽子に替えた。え?そんなことある?

真冬のドブロヴニクにいる観光客は私たちだけ。その女性二人組は特に不自然な様子はないものの、気になって仕方ない。

スポンザ宮殿を出て、大聖堂の中にはいってもその人たちは一緒。とはいえ、他に観光するとこないから、それもアリだよねぇ。・・・・・・でもやっぱり怪しい。どうせ日本語通じないと思うけど、ひそひそとツアー仲間に伝言ゲーム。
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そして!狙うのは出入口のところ。狭くなってるし、ドアを開けるので手が鞄から離れる!ツアーの男性が狙われました。でも、別に人が気付いて声をかけたので、鞄のふたをはね上げたところで逃げて行ったそうです。
実録!これがスリだ!!(被害がなくってよかったねぇ)

このあと海の方に出て、解散。続きはその2へ。
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by camitiyo | 2013-01-16 10:00 | クロアチア

5日目②(スプリット)

トロギールから20分くらいバスに乗って南下し、世界遺産スプリットへ。

今回の旅行で私が楽しかった場所、第2位!!

ローマ時代の最後の頃、あまりにも巨大化した帝国は皇帝1人の手に負えなくなり、ディオクレティアヌスという皇帝は帝国を4分割して、二人の皇帝と二人の副帝に4分割して統治したそうです。彼はこのあたりの出身で、その隠居用の住まいとして建てたのが、スプリットにある宮殿。

うって変って中世。ゲルマン民族の大移動ならぬ、スラブ民族の大移動(?)で流れ着いたスラブ人たちが、主のいない宮殿に勝手に住みついた。しかも、宮殿はそのままで、宮殿の上に家を作って。

そんな面白い街がスプリット。
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宮殿を横からみた状態。塀の向こうに家があるように見えるけど、古代の上に中世の家が建ってる。
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宮殿の1階部分は浸水したため、中世の人は住んでいなかった。2階部分に住んで、瓦礫やごみを1階にじゃんじゃん落としていたので、1階はごみで埋もれ、それが幸いして古代の状態のまま残された。(といっても中身はなにもない)
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ここは2階の古代部分。屋根はないけど丸い壁で囲まれた場所で、声がよく響くのでスプリットのイルディーボ達がクロアチア民謡を歌ってくれた。
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今でこそ世界遺産に認定されるまではスラム街だったそう。高級住宅地になったのでどんどんきれいにしたいところだが、今度は簡単に修復できないようになっちゃったらしい(イマココ)。

真ん中の塔は、ディオクレティアヌスの霊廟として建てられたものを、中世の人が大聖堂にかえちゃったの。ディオクレティアヌスはキリスト教を迫害した張本人なのに、皮肉なもんですな。
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画面上半分は中世の部分で、ぽっかり空いてるところは古代の宮殿の1階部分。なんか、、、、、ラピュタみたいじゃない?
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モザイクが残ってる。ここもきれいに修復すれば、もっとあざやかなのが出てきそう。

北の門からでたところにグルグールの像という巨大な銅像があって、足の親指をなでると願い事が叶うそうな。どんだけ願掛けツアーなんだ、私たち。

自由時間になってとりあえず大聖堂近くの公衆トイレ(有料)に。なんと!今回の旅行でいっちばんキレイなトイレ(ホテルのトイレ並み)。トイレおばさんと呼ぶのが憚られるようなきっちりした受付の人にお金を払ったら領収書までくれました。

その後、3分だけ覘いてみたいと、クロアタというネクタイ屋さんへ。高い!オフシーズンのせいか、高いせいかお客さんは私たちだけ。ネクタイ発祥の地なのに、スカーフばかり見ているしげちゃん・・・・・。なんか長そうなので、外にいるねと先に出るとすぐに追っかけてきた。しげちゃんのお買いもの好きにはまいるねー。
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大聖堂の塔に登ってみた。金属のすけすけの階段で、高所恐怖症の人にはけっこう怖いらしく、降りてくる人何人かが「怖いですよ!」と言ってた。何とかと煙は高いとこが好きで、私はぜんぜん平気~。
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す~て~きぃ~~~。上ってきて良かった~。ところでクロアチアの屋根は全部この明るい茶色なんですが、その理由が「この色の瓦しかないから」だって。そりゃそうでしょーけど、なんちゅうシンプルな。
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東の門から出て、青空市場に。ここにも特別かわったものはなかったけど、ペットボトルに緑色の液体が詰まってるのが気になった。伊衛門じゃないし、青汁じゃないとなると、、、、、手作りオリーブオイルかしらん?

私はこの不思議な街が大好きになって、ぐるぐるまわりたかったんだけど、しげちゃんがチョコレート屋さんに行くというので少しだけバラバラ行動。私はいきおいつけて、だだっと歩きだしたんだけど、はっ、これはもしやスケッチしたほうがいいのでは?と思い、その場でハガキサイズの紙にスケッチ、、、。でも自由時間は残り10分もなくてあえなく撃沈(;;)。道は遠いなぁ。
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お昼ご飯は「クロアチア風ブイヤベース」。ブイヤベースかどうかはわからないけど、ぷりぷりして美味しかった。カサゴだって。

合い席は名古屋の声でかおじさん(真打ち登場!)。なんか年に4回も海外旅行してるらしい・・・・。お金持ちなのねー。人は見た目ではわかりませんな。もうひと組は名古屋の女性二人組。髪型があまりにも違うので予想だにしなかったけど姉妹でした。ということで今回のツアーに姉妹は二組。(ここ大事!試験に出ますよ)

昼食後は今回の旅のメインイベント!ドブロヴニクに移動だー!

移動中は添乗員さんのお勉強コーナーですよ~。

ゲルマン民族の大移動ほど有名じゃないけど、スラブ民族の大移動があったのは、さっきも書きましたがー、なんでスラブ民族の大移動は知られていないかというと、作った国がどれも小国で、しかも常にどこかの大国に支配されることが多かったから。オーストリア(オーストリア=ハンガリー帝国)、オスマントルコやベネチア。

そんな中、ナポレオンにやられちゃうまでずーっと、共和国として独立性を保ち続けていたのが、ドブログニク。あのベネチアよりもさらに栄えてたんだって。どうしてドブログニクが大国に支配されなかったかというと、先見の明があったから。現在、一番力を持っている大国だけではなくて、次にどこが力を持つかを常に先読みして、その大国にお金(年貢?)を払うことで保護してもらうというシステムを取っていたからだって。いやぁ、今も昔も見る目が大事!

スプリットからドブログニクまではずっと海岸線なので右側の席を陣取った私たち。ふっふっふ。途中から雨が降ってきちゃったけど、素敵な海岸線を堪能いたしました。

ところで、世界地図を見ていただくとわかるのですが、スプリットからドブログニクに向かう途中、おかしなかんじでボスニア・ヘルツェゴビナがとびだしている場所があります。これは、大国がこの辺りの土地を勝手に陣取り合戦していた頃の名残だそうです。

ということで、私たちのバスも一旦ボスニア寮へ。といっても高速道路の料金所のようなところを通りぬけるだけ。なんだかなぁ~。んが!ボスニアが物価が安いということで、ボスニアのスーパーに寄ることに。職場のお土産用にクロアチアで有名なクラシュ社のバヤデラというチョコを二人でいっぱい買いました。

またクロアチアに戻り、雨がざんざん降る中、ドブログニクに到着。明日は一番楽しみにしていた日なのにぃ。(;^;)エグッ、エグッ。
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ホテル「コンパス」。ここに2泊します。
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食事ついてなかったの。出かけるの面倒だし、日本から持ってきた食料をまた持って帰るのもイヤなので、非常食食べちゃった。どうせ旧市街まで遠いしね。・・・・・・・遠い近いは関係ないことを、明日知るのだった・・・・・(続く)
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by camitiyo | 2013-01-15 20:00 | クロアチア

5日目①(トロギール)

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昨夜はよくわからなかったけど、窓から辛うじて海が見えました。
曇ってるけど雨降ってない~!

ホテルのロビーから浜辺まで降りられるということだったので、散歩に行ってみる。

思ったよりどんどん下っていくので、帰りのことを考えていたら、ツアーの仲間にあった。「あどどのくらいですか?」「もうすぐですよ」、といいつつやっぱり上りはキツそうだ。もともとオフシーズンで他にお客さんがほとんどいないせいか、会うのは同じツアーの人ばかり。

浜辺につくと、対岸にうっすら街らしきものが見える。あー、お天気このままもってくれればいいのになー。
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朝ごはん。パプリカときゅうりのピクルスが唯一の野菜。

ホテルからバスで10分くらいで、最初の目的地トロギールに到着。

世界遺産トロギールは徒歩でまわれるくらいの小さな島で、中世の街並みが残っている可愛らしいところ。
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聖ロヴロ聖堂
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聖ロヴロ聖堂の入口の彫刻
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ずずーっと抜けて島の反対側へ。あぁ~いいお天気~(TT)。これがアドリア海なのね。
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くねくねとした石畳の小道が続きます。
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めずらしく映りこんでみた・・・・。

この小さい島の中に、ホテルらしき建物をいくつか見つけました。す、すてき♪
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島から出たところでマーケットをやっていたので、のぞいてみた。特別めずらしいものはなかったけど、おばあさんが、何かをやけに薦めてくるので手元をみたら、どうやら名物の乾燥いちじく。わたしゃー、生のいちじくは大大大好物だけど、乾燥のはそんなでもないんだよねー。でも、買い物大好きしげちゃんが買っちゃた。

大量に入っていたので、ツアーのお仲間にお一つどーぞと薦めていたら、しげちゃんに「無理やりすすめて、お腹壊したらまずいよ」と言われた。そりゃないよ~。
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by camitiyo | 2013-01-15 12:00 | クロアチア

4日目(シベニク)

また4:30に目がさめちゃった~。
昨日ちょこっと洗濯してオイルヒーターの上に干しといたんだけど、オイルヒーター止まってた~。なんか家についてるような普通のエアコンがついてるな~と思ってたら、朝用だったんやね。
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早く起きてるから、朝ごはんの時点ではお腹ぺこぺこで、ついつい取りすぎちゃう。
1人参加男性が東京に連絡とったら、東京が大雪でパニックになってるらしい。ふふふ、東京は雪に弱いよね~。(一回東北に住んだだけで上から目線)

今回のツアーのドライバーさんはハンガリー人。何故にハンガリー人かわからないけど、ドイツから出発したから何人でもおかしくないのかな?とりあえずハンガリー語のおはようを調べて言ってみた。(通じタヨ)
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走り始めてすぐに雪。本当は最初の目的地シベニクまでは高速道路を通っていくはずが、高速道路が封鎖。

東京のこと笑ってられませんでした。あとで聞くと、ザグレブ(首都)でも180年ぶりの大雪が降って大騒ぎだったそうです。本当は高速道路のドライブインでトイレ休憩するはずが、高速道路には入れず、なかなかトイレ休憩がとれずハラハラした添乗員さんがドライバーさんに「一番大事なのはトイレなんですよっ!」とぶちぎれてるのが聞こえました。

やっと高速道路に入れて、トイレ休憩。お昼が遅くなって申し訳ないと、添乗員さんがみんなに自腹でスープを御馳走してくれました。天候のせいなのに、、、、。
若いころ、世界中旅行ができる添乗員になりたいな~なんて思ったこともあるけど、私には無理だ・・・・。面倒くさいお客さんをスル―しつつ皆に気を使い、外人のドライバーさんに言うことをきかせ、旅行中自分が病気になったり絶対せず、、、、、What a tough job!!

結局、倍くらいの時間をかけて港町シベニクへ到着。シベニクは小雨でしたが、雪なんてどこにもありませんでした。さっきの大雪は夢だったのか。
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到着後すぐに食事。ポークソテー。横のビールは、この後クロアチアにいる間何度も飲みましたが、苦味の少ない私の好きな感じのビールでした。
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レストランの庭にいたネコちゃん。そういえば、クロアチアはやたらとネコを見かける国でしたねぇ。
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小雨の中、観光開始。なんか素敵な階段。

クロアチアのアドリア海沿岸は、中世ベネチアに支配されていたため、当時の建物が多く残っており、シベニクもそんな街の一つ。

ちなみにシベニクの近くのクルカ国立公園には、世界で2番目の水力発電所があり(一番はナイアガラ)、シベニクの街にはロンドンよりも先に電灯が灯ったそうです。クロアチアに!

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世界遺産、聖ヤコブ大聖堂。巨大な白亜の大聖堂で、おもしろいのが、、、、
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聖堂の横にぎっしりと並んだ顔。当時の住民の顔だそうです。ご先祖さんがいたら、自慢だろうねぇ。中には入りませんでした。
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薄暗い中、奥に見えるのが聖バルハラ教会。おや?FFにバルハラって単語がでてきたような気がするぞ?こっから取ったのかな?ここも外から見ただけ~。

この後、少し自由時間があったけど、雨だし薄暗いので、特にどこにも行きませんでした。いま思えば、聖ヤコブ大聖堂かバルハラ教会に入ればよかった。。。。O| ̄|_

観光後、バスで同じ海岸沿いの街トロギールへ。もう雪がないってだけで、安心な気分。

クロアチアはネクタイ発祥の地だそうです。中世、あまりお風呂に入っていなかったころ、傭兵として闘いに行く男に、奥さんや恋人が自分のニオイがついたスカーフを巻いてあげ、それを見たパリの洒落男が、それ、おっしゃれ~と取りいれたそうです。
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1時間ちょっとで、ホテル「メデナ」に到着。なぜかエクストラベッドがセットしてあって、ただでさえスーツケース開く場所がないのにきつきつ。今日はほとんどバスの中だったけど疲れたねぇ。しげちゃんがエクストラベッドでそのまま寝てしまいそうになってます。
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今日もホテルで夕食。肉だけのハンバーグのようなものでした。美味しかったけど、肉と芋で、そろそろ胸やけしてきたね。うん。

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お昼のビール&ワイン 36Kn (612円)
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by camitiyo | 2013-01-14 20:00 | クロアチア
2時間くらいバスで移動して、ポストイナ鍾乳洞

閉所恐怖症のしげちゃんは、洞窟なんて嫌だといっていたんだけど、すごいらしいということを聞いてなんか行けそうな気がしてきたらしく、参加。良かった~。

受け付けで、日本語のイヤホンガイドを受け取りました。
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ポストイナ鍾乳洞は巨大な鍾乳洞で、見ることができる距離だけで4kmあるので、そのうち3kmはトコッコ列車に乗ってみます。

中は撮影禁止なので、写真はないですが、すごかった!

正直言って、山口県出身の私は秋芳洞も何度となく行ったし、そもそも鍾乳洞にもそんなに興味もなかったんですが、想像していたのと規模が全然違いました。

レースのカーテンのようなものやスパゲッティのような、みたことがないような鍾乳石もたくさんあり、来れてよかったね~。

随分前からある観光地で、オーストリア・ハンガリー帝国時代、フランツ・ヨーゼフⅠ世が観光に訪れたときに電気が通ったそうです。日本では「八重の桜」の頃でしょうか?(←見ることにした)。ヨーロッパに来るたびに思うんだけど、もうちょっと歴史のことを勉強しなきゃ・・・・。

私たちは最初、英語のグループと一緒に回ってて、途中からイタリア語のグループにくっついてたんだけど、写真を撮ってる外人がいて「ったく民度が低いな~」と思ってたら、うちのチームの名古屋声でかおじさんも撮ってました。まあ、やりそうといえばやりそうな人ですがね。
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徒歩ルートの最後の広間だけ、写真撮影できました。でっかいでしょー。

ポストイナ鍾乳洞のWebsite(英語)

今回はバスの移動がすんごく多くて、私は寝てることが多いんだけど、若い割にベテランの添乗員さんがこの辺りのことに詳しくて話が面白いんですよ。旧ユーゴのことって全く知らなかったし、いつもは旅行前に調べたりするものの今回は何を読んで(観て)いいかもわからず、ノーガードで来てしまった・・・。

なので、添乗員さんから聞いた話をここに書くけど、半分寝てたりするから、間違ってるかも。間違ってたらごめんね。

旧ユーゴはどの国も他の大国に支配されていた時期が長い国で、中でもスロベニアはオーストリアやオーストリア・ハンガリー帝国の一部でほとんどがカトリック。旧ユーゴの中でも他の国と比べて裕福だったため、ユーゴから独立するときも、まったく反対がなかった。スロベニアに済むのはほとんどがスロベニア人で、別の国の人も自国に住んでるときよりもいい暮らしをしていたため反対しなかった。独立を阻止しようとセビリアが攻めてきたが、軍備もばっちりだったので数日間で追い払い、戦争被害はほとんどない。旧ユーゴの中ではドイツ人に気質が似ていて勤勉。海岸線は45kmしかない、ということでした。

1時間くらい移動して、クロアチア入国~。といっても寝てて全然気付かなかった・・・・。なんかパスポートを集めてスタンプを押して返してくれたらしい。後で見ても、スロベニア(ユーロ)から出たスタンプはあるのに、クロアチアの入国スタンプが見当たらない~。車のときは押してくれないんだろうか。寂しい~。
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ホテル「オパティア」。オパティアはクロアチアのリゾート地で、今回私たちは泊まるだけ。
Wifiは繋がっておらず、ロビーに有料のPCがあるだけでした。ネット環境はここが最悪でしたね。

夕食はホテルでブッフェでした。なんか魅力的なものはあまりなく、写真も撮ってないという・・・・。

合い席は、お昼も一緒だった1人参加の男の人と、ちびまるこちゃんのおじいちゃんの友蔵の友達の中野さん(長いっ!)に似てるこちらも1人参加の男の人でした。

なんか全体的に疲れたのか、料理がいまいちだったのか、みんなあっさり食べて部屋に戻りました。
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ホテルで両替したクロアチアのお金。クーナ。長い間1クーナ=15円だったけど、いまは17円くらい。
小銭にはそれぞれ熊と鳥と魚の絵が書いてあって、うらには数字とテンのイラスト。中世にテンの毛皮が貿易に使われてたからだそうです。

クロアチアはユーロに加入しようとしていたけど、ここのところのユーロ危機で保留になっているそうな。ユーロになったら、このお金なくなるんだね。とっとけばよかった。(使い切った)
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by camitiyo | 2013-01-13 20:00 | クロアチア